6. 自己言及と社会的役割
長谷川:
最初にベンディングみたいなものを考えて,こういうものがいい,と言い出したのはアート?
ドミニク:
ベンディングを始めた人のバイオグラフィをチラッと読んだんですけど,リード・ガザラという創始者の人が単にアンプをいじっていたら変な音ができたからいじり始めた,という所にはたぶんアーティスト意識はなかった.ただ,そこにもアートのマーケットというのもあるし,それを関係ないクリエータが再発見するみたいな形で,そういうムーブメントを総括するような活動をして,アーティストとして取り上げるという事もアートかどうかという問題と関係しますね.そこにその人が乗るか乗らないかで,またチョイスが生まれる.
久保田:
「自分から言う」っていうことは結構重要で,そこには社会的行動という側面があると思うんです.ユーザビリティーやインタラクションについて,デザイナーのメッセージは社会が聞いてくれやすいけれど,アーティストの意見は「あの人は変わっているからねぇ」といわれて終ってしまいがちで,社会的インパクトはあんまりないんだよね.しかも,アーティストになるためには「私はアーティストだ」と自分で名乗ってしまえばいい,と良くいわれるように,その人の作品がアーティスティックかどうかという所で決まっているわけじゃないんだよね.
渡邊:
それじゃあ,例えば深澤直人さんは自分の事をデザイナーって言ってますよね.それが,アーティストですと言ってあの作品を見たら,そのへんに作品が飾ってあったら?
筧:
かなり微妙なとこだと思います.この並び(メディア芸術祭)にあったらアートともいえるかもしれないし.あれがもしかしたら,学会で発表されててもおかしくない流れだから,今.
久保田:
歴史的な経緯や名称の社会的役割は結構大きくて,自分のことをなんと呼んでもらうか,というビジョンは常に考えたほうがいい.
ドミニク:
後は,アートといった時とデザインといった時の違いもありますね.デザインの世界だと,例えば,1930年代のイタリアのデザインをサンプルしてリバイバルをしかけてみましたというのは流行になるんですけど,アートの世界でそれをやった所で,何の意味も生まれないわけなんですよね.厳密に言えば,アートには歴史に基づく文脈がある.そこはサイエンスとも接続する所ですよね.ある日本のアーティストのインタビューを読んでいたんですが,高校時代に美大に入ろうとしたけれど,あらゆることが僕以外の人によって行われつくされてしまっているから,もう「自分が死体になって死ぬ」っていう作品を作るしかないんじゃないかと本気で思い悩んでいた.そういうことを友人に話したら,「なんだか,お前の言っていることは難しいけど,おれはお前が死ぬのは嫌だな.」と言われて死なずに済んだ,という話があって.だから,ある意味,価値基準を内在化する外在化するかということで,外在化できるという言い方もできて,エンジニアリングもデザインも市場という所で外在化できるのは良い事であると思うんですよね.
久保田:
そうだね.だから逆に,自分の呼び名をどうやって社会の中で機能させることができるか,という風に考えるといいんじゃないかな,ひとつの戦略として.社会の中で自分の価値を一番機能させるために,自分は「××」であると宣言してみよう,と考えてみるだとか.
田中:
職業の名前を自分で作るということに憧れがあって.今,久保田先生がランゲージ・デザイナーっていう風に自分で職業名を捉えた.ランゲージ・デザイナー,そうかって.そういうことをやっていけばいいと思うんだよね.
久保田:
外から見ていても,あの人は自分のことをこう宣言したほうが面白いんじゃないかなって,思う人はたくさんいるよね(笑)
田中:
互いにおせっかいする前に,まず自分の職業考えないと.ていうか,取材じゃなくて,だんだん,自分達の内省になってなってきた...■
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