4. アイデンティティの難しさ
田中:
理論と実装は両方とも同じくらい大事というか,もっと具体的に言うと,作品と論文あるいは文章はどっちも等価に大事と言う感覚が僕にはある.
久保田:
確かにその感覚はわかるけれど,実際の所,それは難しいと思う.アメリカ人でありイスラム人でもあることが難しいのと同じように.
田中:
どちらか選べないですと言っているのと近いので.多少自分の中でもまだ矛盾はもちろんあるんですけど.
久保田:
田中君の中に両方の側面があることを否定しているわけではなくて,僕は両者をバランスよくやろうとしたアウトプットよりも, どちらかに特化してそれをとことんやる方が,実はいい結果が生まれるのではないかと思っている,ということなんだよね.
エンジニアとアーティストのように,形なんかどうでもよくなるくらいの機能を作ろうと思うエンジニアと,機能なんてどうでもよくなる形を作ろうというアーティストがスパークするところにコラボレーションの意味があると思うから,エンジニアが「機能は充分ではないけれど,なかなか美しくできたと思いませんか」などとはいわないほうがいい.大抵の場合,それはエクスキューズにすぎないからね.でも,それらを混ぜ合わさずに,アシュラ男爵のように別個の人格として一人二役やれればいいのかもしれない.
田中:
それは,あんまり世代論にすべきではないかもしれないけど,あえて世代論でいうと,けっこう僕らの世代ってそういうことが起こっていると思っていて,要するに,大学の時代から領域横断しなさいという価値観で育ってしまったので,専門の軸がない,という感じで人格ができてしまった感がある.だから,時期によって何か一個のフォーカスポイントを選ぶというのはその通りだと思うんだけれども,自分がエンジニアですとかナントカですと宣言するのに,けっこうそこを突き詰めないとダメな感じが僕はある.
長谷川:
宣言する必要はあるんですか?宣言する必要は別にないと思うんですけど.
渡邊:
田中さんは今,どっちにも当てはまらないだけで.僕もけっこう論文書こうが作品作ろうが,何しようがそれはメソッドが違うだけだから.
長谷川:
やりたいことっていうのは多分あって,それをやるのにどういうやり方をするかが毎回違うだけな気が.
田中:
芸術家と工学者,どっちに自分は近いかなという相対的な距離でしか測れない.
長谷川:
それはそうで.あとから,芸術家だったり,工学者だったりする人をくっつけてコラボレーションしろっていうのは難しいと思うけど,最初から両方に近い内容をやっている人はうまくいくんじゃないかな.
田中:
アーキテクトというのもあるよね.アーキテクトはメタじゃないですか.
久保田:
トップダウン的なカテゴリー分けは,やっぱり難しいと思うのね.最終的には自分がそういう風にしかできない,という何かに到達することが必要だと思う.個性とは,やろうと思ってやることではなくて,つまりエンジニアになろうと思ってエンジニアリングをやることではなくて,他の方法でやろうと思っても,そのようにしかできない自分の本性を発掘することなのじゃないかな.それが世の中でエンジニアリングと呼ばれるものに近かったら,その人はエンジニアだと(笑)
田中:
まだ時間がかかるのかもしれないけど,自分にとって最も自然でナチュラルで純粋なやり方をやっているんだけども,それがまだ実社会のカテゴリーにうまくマッチングしてない.
渡邊:
それって何も問題はないと思いますよ.
久保田:
世代というか年齢の話をすると,僕が多摩美に移った一番の大きな理由は,2足の草鞋を履くのをやめようと思ったことなんだよね.アシュラ男爵をやめようと思ったというか(笑)
それまでは工学研究と音楽演奏の両方を並行してやっていて,研究は研究,音楽は音楽だったのだけど,年と共にだんだん体力も時間もなくなってきて,徹夜もそうそうできなくなってくるし,結局最後は,限られた体力と時間の中での総力戦になってくる.すると自分の全能力,全精力をかけてやれることは一体何なのだろうかという問題に直面せざるを得ないんだ.
人によって違うとは思うけれど,僕の場合はそれが30代の後半だったんだね.そうした時に,それまで自分が何をやってきたかが重要で,一番頼りになるのが身につけたスキルなんだよね.例えば実際に自分の手で何かが作れるということだとか,数式を操作して理論を展開できることだとか,プログラムを書くけるだとか,絵が書けるだとか,楽器が弾けるとか,結局そういうことしか拠り所にできないから.それまでにどんなスキルを身につけておくかが,その時の決断にすごく大きな影響を与える.僕の場合,エンジニアとしてプログラムを書いたり機能をデザインすることと,ミュージシャンとして楽器を弾いたり曲が書けたりすることの両者をクロスさせることで,何か自分自身のポジションみたいなものが作れたかな,と思うんだよね.客観的に振り返ってみると.
渡邊:
言い方変ですけど,自分の業界の中での役割とか考えたりします?要するに「あなたでなくてもいいじゃん」という様な事なんですが.
久保田:
そうだね.時間がなくなっていく時に考えたのは,自分以外の人がやれることは,やりたくてもやらない,ということ.他にもやりそうな人がいるじゃない,と思った時は体力温存のためにやらない.やりたいこと全部やっていたら,とてもじゃないけど体力がもたないからね.今の心境は,自分しかやれないことは何なのかを見極めて,そこに少しでも多くの時間を費したい,という感じかな.
渡邊:
自分の場合は何がやりたいということが無い人だから.逆に,なんとなく楽しいことはあるから,僕がやったら意味があるかな.ということをする.
久保田:
美大の学生でも「あなたは何を一番やりたいの?」という問いに対して,逆に「何をやると面白いですか」という問いが返ってくることが多い.そんなにすっぱりいえるものじゃないんだよね.見つからなければ、保留しておいてもいい.でも,常にそういうことを考えておくことが重要なんじゃないかと思う,いつも考えていると,いつか「そうか!」と思う.時間をかけてとことん考え抜かないと,なかなか見つからないよね.
渡邊:
自分が何が好きというのは感じることは多いです.何がやりたいのかなぁぐらいは.何をやったら気分がいい,とか何をやったら自分にあっているのかというのは感じるけど.何かをやりたいですと自分を向けてバーっていうのは余り無いですね.
筧:
浮かんでくる選択肢に対してやりたいことを選択していけばいいんじゃない.メッセージに縛られすぎるっていうのもなんですけど.
渡邊:
でもなんか伝えたいじゃん.
田中:
やりたいことは壮大なほうがよくないですか.僕はバックミンスター・フラー7に一歩でも近づきたいというのが人生の目的なんですけど.
久保田:
それと同時に,今目の前にある仕事を,いかに自分に忠実かつ要請に対して完璧にやるかということが大切.
田中:
なんか,一生楽しめそうなテーマを持っていたほうが,一日一日楽しいじゃないですか.一生もんだな,この研究テーマはっていう.
久保田:
僕が音楽始めたころなんて,インターネットも,SuperCollider 8 も当然なかったわけだから,状況の変化も大きいよね.かつてはバイオリン職人だったら一生バイオリン職人で良かったけれど,今はちょっと違う感じかな.僕は十年前に,今こんなことやってるなんて想像できなかったけど(笑)
田中:
そういう現実レベルの話じゃなくて,もうちょっと抽象的なレベルで考えているんです.
例えば,フラーとかジョン・ケージとか,そういう人たちが今のテクノロジーを使った時にどんなことをやりそうかなとか,そういう所を常に継続的にやっていけたらいいかなと.
久保田:
僕は,そこらへんがむしろ曖昧なのかもしれない.かつて僕もフラーはすごい,と思ったのだけど,今はフラーってマッチョすぎて,もっとエレガントにやれないかなと思ったり.フラーが変ったのではなくて,自分が変った,ということなのだとは思うけれど.
田中:
エボリューションで考えるとそうですよね.過去にトリビュートするというのはある意味後退なのかもしれないけど.
久保田:
それは善悪の問題ではないからね.僕は最近は,自分のグローバルな目標や可能性をあえてオープンにしておこうと思っていて,むしろ自分がある状況に対して,どういうアプローチがとれるのかを考えることを楽しむようにしている.もちろんローカルな目標は必要なのだけど,あえていうと,目標を決めるというのは非常にエンジニア的で,ある意味楽な方法.例えば,毎日3時間勉強すると決めちゃえば,勉強するのがものすごく楽になってしまうよね.決めるということは,さっきいった評価関数の外在化と同じだから,決めなくていいことはなるべく決めないようにしている.
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