1. 工学者と芸術家の交差点
久保田:
メディア芸術祭の展示の最後に,「工学者と芸術者のコラボレーションからデジタルアートが生まれる」ってボーンと書いてあったじゃない(笑)工学者とアーティストのコラボレーションと良くいうけれど,それってどういうコラボレーションが有効だとみんなは考えているのかな?
渡邊:
歩く床の展示(岩田洋夫教授のロコモーション・インタフェース)があったじゃないですか.その時に長谷川さんは,ロコモーション・インタフェースという分野があって,その目的を実現するためにこれを作りました,と言っていて.久保田先生は,そこから「歩くってなんだろう」という概念をもう一度考えるきっかけになるとおっしゃっていたんですが.エンジニアっていう目的のために何かを作る側と,すでに何かがあってそこからリバース・エンジニアリング1する側って,お互い慣れてないんですよね.普通に工学者は何かをつくるわけですけど,そのためにあれとあれを用意して,これを作りましたって言うことができる.そのあと,それがどんな意味を持つかってあんまり考えないし,考えることに慣れてない.そのリバース・エンジニア的な「結局何なの?」という風に,ものができたとするじゃないですか,そこでさらにそのデモをどう作品にするかという,そこに一歩超えなきゃいけない壁みたいなものがある気がしていて,その時に,久保田先生が最初の作品見た時におっしゃっていたんですけど,「何もコンテンツはいらない」というのは,それは一つの方法なのかなと思って.デモを作品にするためにはその機能だけを取り出してコンテンツを無くすのっていうのが一つの方法ならば他にもどんなのがあるのかな?と思って.
久保田:
それは重要な問題で,実は作る側のジレンマにも繋がっていくよね.ソフトウェアを使って何かをつくるといっても,結局はそのソフトウェア上でできることしかやっていないのが大半で,結局ソフトウェアが自分の表現できる限界を決めている.もちろんそれはコンピュータではなく,作る側の方に問題があるんだけど,逆に考えれば何らかの素材やメディアを用いている以上,そうしたジレンマはこれまでのどんな絵画や彫刻にもあったわけだよね.だから,今言ったような問題を突き詰めていくというのは,最初の「工学者とアーティストがどうコラボレーションするか」の裏側の問いであって,それはエンジニアって何だ?アーティストって何だ?何をとったらエンジニアと呼ばれなくなるのか?何をとったらアーティストと呼ばれなくなるのか?ということにも繋がっていくんだよね.
渡邊:
その大きな違いというのはエンジニアリングとリバース・エンジニアリングの話かなと思うんです.目的があってそこに進んでいくエンジニアリングと,逆に何か既にあってしまって,「私」が生きてしまって,人間がいてしまって,こんな感情がおきてしまった時に,それは何なのだろう.その目的は,その機能は何なんだろう.っていう風に,既ににある所からリバース・エンジニアリングするような考え方ってどちらかと言うとアートというか,アートに近いかなと.
久保田:
そうだね.同じ物事を表裏一体の違った方向から見るというのは,コラボレーションのひとつの意味だよね.同じものを見ているのに全然違った意見がでるというところに,コラボレーションの価値があると思う.例えば,すごいエンジニアが「美」とか「意味」を考えずにとことんファンクションだけを突き詰めていったら,想像できない形のものができてしまった,とかいうことにものすごく説得力があるんじゃないかと思ってね.とことん機能を突き詰めていったら,きっとロボットはアトムやガンダムみたいにはならないから,そこに普通の人や漫画家の想像力を超える瞬間があるだとか.逆にアーティストが実現性や技術的価値のことなど考えずに,とことん自分の美意識や価値観を探求していくことができる.そこから生まれるのは,プロセッサが遅くても欲しくなってしまうコンピュータだったり,エンジンが非力でも欲しい車なのかもしれないけれど,とにかくそこにアーティスティックな何かがある.そんな両者をスパークさせることができたら,本当にエンジニアとアーティストのコラボレーションといえるのではないかな.違いを違いとして内包したままの方が,創造的な作業ができるんじゃないかと思う.
渡邊:
それがわかっててやっていればいいのですけど,話が通じないね.っていっておしまいなことが結構あって.
久保田:
それこそが大事なことで,話が通じてしまったら,もう一緒にやる必要がないのよ.話が通じないからこそ面白いんだよね.意気投合してしまったら,どんどん四方山話の割合が増えていくだけで,自分が言ったことに対して自分の想像しなかった答えが返ってきてこそ「よしまた!」という気にさせてくれる.
渡邊:
わかんないって言って終わっちゃおうとする人ばっかりで,実際,それはそれでいいはずなのに,それってどういうことなの?ってとことん話そうとしてない気がします.
久保田:
そうだね.話がわかんないから一緒にやらないっていうのは,いってみれば今のアメリカとイスラムのような関係だから(笑)
長谷川:
わかんないから説明してくださいってお願いすればいいんですよね.通じるかどうかわかんないけど(笑)
久保田:
そう.たとえ分からなくても,また説明してって言えばいいだけの話.お勉強ができる人は,わからないっていうのが怖いんだね.
長谷川:
また今度教えてって.その時分からなくても.
久保田:
なんていったらのかな.全然違うといっても,さっきいったような,ファンクションをとことん突き詰めていったものが持っている独特の存在感のようなものは必要だよね.話は通じてなくても,この人はなんか変なことやろうとしている,という言語外の何かは通じなければいけない.目が光ってるところだとか,いっちゃっているところがすごいだとか.
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